十 五 三 直木

パノール号ロードスターを自家用自動車として所有す。

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(何故だろう) と、童貞であるし、十四の女を可愛がっている位だから、初めは判らなかったが、同僚が 「房江さん、君何うおもう」 と、聞いたので、すっかり、見抜いてしまった。 そして、何を買はうかと、縁日中さがして歩いて、何も買へないでとうとう戻つてきた。 だが、卒業すると、何うしても、次の学校へ行かなくてはならぬし、父の決心が悲壮であるから 「岡山へ行って法科を受ける」 と、云っていた。

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私の子供時分のたった一枚の写真である。 。 当時、父の、一番崇奉していた人は、大和の代議士桜井某で、この人が、時々来ては 「えらい人や、世話しとき」 と、云われて、うれしがっていた。

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父が、東京へ行くなら、これを着ろと、古着で買ってきてくれた釣鐘マントの半分の奴を着ていたが、それをかぶって、停留所の中で寝る事にした。 この長屋と、一度、上下で、石合戦をした事があった。 持って帰ってもこわれないから、えらい豆腐だったと、今でも感心している。

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章廿二 四條畷合戦 第二巻• これが、私が写真をとった最初である。

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所が、千日前よりも、私には、もっと、魅力のあるものが、近くへ出来た。 章十二 当月当日• それつきりである。

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絵は、八十点以下に下らないが、作文は七十点、歴史などは吾三歳にして既に四王天但馬守を知る、であるのに、ようよう八十点。

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二部教授。 (片道なら六銭残る。

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